錆びたつらら

凍って錆びて、折れるまで

寂しい夜に

数か月に一度、猛烈に寂しい夜がやってくる。

それは遊びに行った日の帰りだったり、彼氏と電話した後だったり、夜遅くまで飲んでいた日だったり、一日中家に引きこもっていた日だったりする。

決まって、休日の夜にやってくる。

 

隣にだれかいてほしいな、だれかとお話したいな、強いて言えば、彼氏がすぐ隣にいればな、などという、どうしようもない「寂しさ」だ。

遠距離恋愛、こればっかりは仕方ない。隣にいて欲しいときに、隣にいることはできない。それはお互い様だ。しょうがないものはしょうがない。

しょうがないって分かっているけど、頭では分かっているのに、感情としてどうしようもないときがある。色んな事を考えるけれど、考えたってしょうがないじゃんって思うんだけど、それでも考えてしまう。

不確定な未来のことをいつまでも考え込んでいてもしょうがない。他人と比較したってしょうがない。それなのに、寂しい夜は、どこまでも人を孤独な気持ちにさせてくる。

 

一緒に行きたいところ、やりたいこと、たくさん考えるけれど、今すぐに実現することは不可能な事ばっかりで、思い描く未来がすぐそばに来る気配もなくて、理想と現実のギャップがどこまでも切なく追い詰めてくる。

「どこでもドア」があればいいのに。距離なんて関係なくて、いつでもどこでもすぐに会えればいいのに。

 

こうやって「寂しいなぁ」なんて思うことも、数年後とかに振り返ったら今だけの特権だったのかもしれない、なんて笑ってるかもしれないけど、それでも今はその気持ちでいっぱいいっぱいなのだから、なんて思う。

 

会いたいなぁ、すぐに会える距離に、いてくれたらいいのになぁ。

こんな夜は、早く眠ってしまいたい。

くるくる

外が暗い。今にも雨が降り出しそうだ。

私も暗い。気持ちが落ち込んで、布団からでるのがやっとだ。

 

元気なわたしと落ち込むわたしがくるくる変わる。

昨日は元気いっぱいだったのに、今日は起きた瞬間からずっと沈んでいる。

朝ごはんをどうにか食べて、薬を飲んで、布団へ引き返す。

布団の中で2時間ほどうだうだして、ようやく外に出る。

向かうはパソコン。文章が書きたくなったので、これを書いている。

 

旅行に行くとずっと元気で歩き回っていられるのに、家にいると、どうもだめだ。

誰かと会う約束がある日は、気を奮い立たせることができて、元気なわたしになる。

元気なわたしを演じた翌日は、元気じゃないわたしがやってくる。

何も予定がない日は、元気なわたしと元気じゃないわたしが代わる代わるやってくる。

 

今日の午後、用事を済ませに外に出ようかと思ったけど、雨が降りそうなのでやめておくことにした。

別に急ぎの用事じゃないから。私はいつでもなんでもできる、だってずっとお休みだから。

 

くるくる変わる自分の気持ちが分からなくなって、しんどい。

ずっと付き合っていかなくちゃいけないのか、いずれ治るものなのか。

治ることがないのなら、元居た職場に戻ることは難しそうだと感じたりする。

なるほど

すごくうつっぽい症状が出ている。
今日も午前中、病院に行く予定があったのについに布団から出られなかった。
昨日の夜、薬を飲み忘れたからなのか、そうなのか。
 
人に会いたいと思う。
人に会いたくないと思う。
 
表と裏の感情がくるくる変わって、私の中で制御することができない。
 
外に出かけたいと思う。
外に出かけたくないと思う。
 
布団から出たいと思う。
布団から出たくないと思う。
 
スキップしながら外を歩けるときもあれば、
お腹の中がずしんと重くなって一歩も動けない時がある。
 
自分が分からない。
どこかへ行ってしまったようだ。
 
この気持ちをどこかへ追いやりたい。
誰かどこかへ連れていてくれ。

麦茶当番

毎日満員電車に乗らなくていいという免罪符を与えられた代わりに、私には一つ労働が与えられた。
その名も「麦茶当番」
 
リビングの麦茶を切らさないように、タイミングを見て作り替えていくという作業である。
一見誰にでもできる簡単な仕事である。
実際簡単なのだが、私はこれを完ぺきにこなそうと考えた。
 
家族が全員滞在している時は、すごい勢いで麦茶が減っていく。
空になったボトルを洗浄し、お湯を沸かし、麦茶パックを入れる。
麦茶を飲む。洗う。お湯を沸かす。パックを入れる。
 
気になったらリビングへと降りていき、麦茶の様子を確認する。
理想は2本満タンになっている状態を保つことだ。
 
どうってことない仕事なのだが、これが私に一種の安らぎや達成感を与えてくれた。
麦茶を作るというルーティンが、ささやかな達成感に繋がる。
なにより麦茶は美味しい。
 
病気で寝込んでい時に、少し起き上がることができるようになったら、
社会進出の練習として、「麦茶当番」に立候補してみるのもいいかもしれない。

私の理想

私の理想を語ろう。
 
北海道一周を例に挙げる。
ゲストハウスを転々としながら、廃線直前の鉄道を制覇する旅に出る。
途中で、今にも壊れそうな橋を見て写真に収める。
可能であればダムにも足を運びたい。
 
旅の途中で、気に入ったゲストハウスに出会ったら、
そこでフリーアコモデーションをしながら滞在させてもらう。
旅で見たことを書いて、ブログへアップする。
それと同時にライター業にも挑戦。
雨の日はゲストハウスで執筆活動。
晴れた日はゲストハウスの周辺を散歩。
北海道の大自然の中で本を読んだり文章を書いたり。
 
夜になったら、ゲストハウスで出会った人と語らい酒を飲み、そして寝る。
朝が来たら、近所を散歩。
ゲストハウスの手伝いをしたり、執筆活動をしたり、遠出したりを繰り返す。
 
自分の気が向いたら、他のゲストハウスへ足を運んでみる。
 
そんな旅を続けて、そしていつか、自分の本を出版したい。

旅とブラジャー問題

久しぶりに旅の準備をしている。
心と時間に余裕がある時は、心なしか旅の荷造りが楽しく感じる。
 
旅の計画は好きだ。
旅をすることも好きだ。
でも、荷造りがとても嫌いなのである。
 
荷造りは面倒だ。
いかに荷物を少なくするか、洗濯しなくて済むには何を着ていくべきか、
パンツは何枚持っていくべきなのか。
 
最大級に面倒なのはブラの収納。
ワイヤーだし、カップは立体的だし、やたらかさばる。
そしてあまり無下に潰したりするわけにはいかない。
 
なんて面倒なことだろう。
ランジェリーケースなどというものが販売されているが、
私のブラはサイズオーバー。
大きすぎて一般的なランジェリーケースには収納ができない。
とことんマイノリティに厳しい世の中である。
これは自慢でも何でもないただの嘆きである。
 
ぜひとも大きいカップ用のランジェリーケースを開発してほしいものである。
3泊分くらいブラジャーがコンパクトに収納できたら万々歳である。
即刻購入し、ブログで紹介し知人にプレゼントするレベルで求めている。
 
旅とブラジャー問題は切っても切れない問題だったりするのである。